2019.2.12

大事なものと天狗、健康診断、イケマムラレイコ展、立春と新月、パリパリ再現計画、プリンセスメゾン完結巻、金色のバス、ボヘミアン・ラプソディ、神田裏庭urate

立春と新月が来て、先月の元旦よりも新年という感触。カーペットをコインランドリーで洗って、活けていた花と寝室の幾何学模様のポスターを替える。小さな金色のだるまに目を入れ、猫のグルーミングをして石の位置を変えた。

私はムードにのりきれないところがあって、正月やクリスマスやお花見などのテンション高くふわふわした空気が好きではあるのだけれども、同時になんだか落ち着かない。だからこうして日々の中に慎ましくささやかに訪れる変わり目を感じて自分なりに過ごすことの方が、向いている。

プリンセスメゾン完結巻を読む。こんな風に細やかな粒子で優しく満ちた世界を感じながら、過ごしていきたい。私はのろまで何をしても時間がかかって周りの大人に心配されていた子供だったが、その分本当にじっくり時間をかけて目に映る世界を見ていたような気がする。雨が降った直後の草木に下がった水滴が落ちる時の音を想像してみるとか、寝転んで見るどんどん流れる雲に感覚のリズムが合ってゆく感じとか、枝を折った時の美しい痛みの音とか。今はカチカチした無機質な時間軸のリズムに合ってしまっている部分が多い。そうするとスローモーションに繊細に物事を感知することができにくくなる。私は東京に来て、随分お喋りになった。伝えようとする努力は大切だし、話したい相手に恵まれていることも嬉しいことなのだけれども、言葉にしてしまうとそれで収まってしまう何かがあって、私はその収まってしまった感覚があまり好きではない。

ある日バスに乗っている時にぼんやりとしていたら、何故か急に脳内スイッチが空想バージョンに切り替わり、バスの車内が金色の半透明(樹脂みたいな)になって、そのきらきらした輝きが乗っている人々の顔に反射してとてもきれいだった。宇宙バスってやつができたらこんな感じかしらと、自分の空想ビジョンにしばらく見惚れる。子供の頃はそういう白昼夢のような空想ばかりをしていたなあと思い出して、その気持ちよさを久しぶりに体験した。

先日たい焼きのパリパリについて記述したが、ついには自宅で毎日作っている。重曹を入れたり小麦粉や牛乳、水の配分や鉄のフライパンの温度などを日々研究して、2週間かけて同じものではないけれども納得できるものができた。私はこういうくだらないことに使う集中力が変にある。折角なのでここにレシピを載せてみます。

・小麦粉おおさじ3/牛乳おおさじ2/きび砂糖おおさじ2分の1/塩ひとつまみ/

これを混ぜて、くせのない油こさじ1をひいた鉄のフライパンに生地大さじ2をなるべく薄くのばし(その方がぱりぱりになる)、弱火で軽く焦げ目がつくくらい焼く。この分量で、それが2枚できます。おやつに最適。興味ある人はぜひ作って感想を聞かせてほしい。

ボヘミアン・ラプソディを観る。後半泣きっぱなしだったため、人が殆どいない西新井のレイトショーで本当によかった。「どれだけ捧げられるか」なのだと思った。努力とか姿勢とかいうことではない。その翌日弟に勧められてモーツァルトを描いた「アマデウス」を観て、彼はその才能をサリエリという宮廷音楽家に嫉妬妨害されて非業の最後を遂げるのだけれども、多分それすらもモーツァルトの才能を輝かせる一役になったに過ぎない。「捧げた人」というのは実存在という意味で、無敵だ。人がつい中途半端に求めてしまう主観的な存在価値というものを、すでに完全に手放しているからだ。

話はボヘミアン・ラプソディに戻るが、飼猫トムとジェリーに「お前こんなものかと思っているんだろう?違うぞ!」と本気で言っているシーンが一番好きだ。何て可愛げがある人なんだ。全力な人って愛しい。無様でも。

2019.1.23

預言カフェ、プレゼント交換、プリミ恥部の宇宙マッサージ、かまぼこの会、つぐ散歩、R新年会、ムンク展、スピカ歯周病、浜口寛子ライブ、皆既月食満月、たいやきのパリパリ、デザイナー渋谷直人の休日、粕汁、引き寄せの法則、餃子の熱冷めやらず。

あっという間に2019年に突入。私の根深い怠け癖を戒めるため、今年の目標をつけておく。

  • 経済力をつける。
  • Kさんとの絵本制作。
  • ドイツでの展示を決める。
  • 好転的な思考力を身につける。
  • 筋力体力をつける。
  • 大きな絵をつくる。

先週飼猫スピカの歯周病が発覚した。3ヶ月ほど前から、何だか左側の牙だけが伸びてきたなあと思っていたのだけれども、おろちの片方の牙は子猫時代に欠けてそのままだったし、あまり気にしていなかった。それにしてもと思い先日ネットで調べてみたら、伸びているのではなく抜けてきているのだとわかって、慌てて翌日近所の病院に行く。イケメン獣医さんに牙を抜く手術を提案された。私はスピカの太めの牙と盛り上がった口元が好きだったので、かなり落胆してしまった。スピカは私にあまり心を開いていないため、歯磨きができない。たまに予防ジェルをつけていたが、強烈に嫌がりさらに私への不信感が募るため、それもあまりしていなかった。結局口内の環境を整えるためのサプリメントを毎日強引に飲ませることとなり、ジェルなどよりももっと不信感と嫌悪感を増やすことになってしまった。しかしいづれは手術はせねばならない。そしてどうやらおろちの方も手術で歯石を取る必要がありそうだ。

というわけで、私は心痛く反省し、今年は経済力をつけなければならなくなった。私一人ならばゆとりのない生活でものほほんと過ごしていられたのだけれども、愛猫どもの健康に関わることが起こってはそうも言っていられぬ。もっと働かねば!今更バカを晒すようなことを決意表明して我ながら40歳にして痛々しいが、目標に掲げてみました。2018年は一応目標はクリアしたので、今年もクリアすべく思考と行動をコントロールしよう。

先日ムンク展に行った。終わる間際だったため混雑。白黒の木版画「接吻」に心底感動してしまい暫く動けず。恋人であろう二人を木目の木漏れ日のような光と影が包み、溶け合うような密に満ちたさまが、息を飲むように美しかった。その絵を見つめているうちに、抱き合う二人の形が本当に解けていき、そこには圧倒的な普遍的感覚だけが残るように感じられて、ムンクの凄味を改めて思い知った。ミュージアムショップでムンクの自画像のバッチを買ってとても気に入り、出かける時に胸につけている。

先月友人が遊びに来た時にうちの近所のたいやき屋で焼く時に出るカスを売っていたらしく、それをお土産にくれたのだけれども、それが劇的に美味くて完全にはまってしまった。しかしそれは本来正規に売っているものではなくたまに出るという代物で、常にあるわけではない。私はハマるとしつこい。毎朝起きては、今日はパリパリはあるのかしらと思うまでに。恥ずかしいので3日に一度と決めて買いに走る日々。しかしあまり入手できない。ついにたいやき屋の人に何時に来ると確実に買えるのか聞いてしまった。すると、私と同じように猛烈にハマっているおばあさんがいるらしく、出たらすぐに買い占めていくのだそうだ。むむむと唸っていたら、店員さんがお情けで「少しですけど」とそのその日のパリパリをただでくれた。私はお返しに持っていたチョコレートをあげた。

今この日記を書いている直前にうまくパリパリを手に入れることができたので、内心早く日記を終わらせて家で食べたい。実はまだ買えそうな感じだったけれども、私はそのおばあさんに譲るような気持ちで通り過ぎた。買い占めるなんて、そんな自分さえよけりゃいいようなおばさん体質になるのは、絶対いやだ。

などと、かえって自分の器量の小ささが顕になることを書いていたら、突然今居るカフェで真っ赤な服のまんまるなおばちゃんが、カラオケ大会のようなものを始めた。どういうことなんだ。最近ノリが悪いと言われたので、ここで聴く姿勢でいたらノリに乗れたことになるのかしらと思いつつ居たら、オシャレ男子のカラオケになったため、やはり出ることに。コーヒーもちょうど無くなったし、と思っていたら、今度はアニメソングに。地味系女子がセーラームーンを歌い出した。何故か場が徐々に盛り上がっている。みんなノッているが、私はどんどん居心地が悪くなるばかりだ。セーラームーン終わったし、帰ろう。ノリよりもパリパリだ。

2018.12.20

K家の新猫と旧猫、ライブで側頭、競艇と仲人、やら版の活版絵本、石牟礼道子の能と美智子さま、ポーランド展示、ミュンヘンHilma af KlintとEmma Kunz、Hちゃんプロデュース会、保谷めだか、アブリルラビーン的新妻、モテ期T、辛酸なめ子さんと佐藤健寿トーク、白いラナンキュラス。

気づいたら師走。

ここに来て、色々な死の知らせが来る。とても美しい最後の顔。綺麗さや正しさより、美しさを選べているのだろうかと、不意に自己問答の穴に落ちた。圧倒的な美しさは時に人を呑み込んでしまう。死は問いと共にみぞおちにぶち込んでくるので、しんどい。けれども尊い。私が祈る必要などないくらいに。それでも祈らずにはいられない。それもきっと尊いことなんだろう。

先月ポーランドの図書館で展示とトークをする。幼馴染のポーランド人マジャーの献身的な協力のおかげで、とてもいい出会いの機会となった。日本人なのにあなたは明るいねと言われる。あまりの立派な講堂にびびって、気圧されぬよう大御所のような体勢でトークに臨んだのだけれども、それが功を奏したようだ。親切な人ばかりで本当にありがたい機会だった。これからもヨーロッパに縁を繋げていきたい。

私はよく考えすぎだとか、頭が硬いとか言われるので、意識的に思考を追及しないようにしていた1年間だった。それはとても楽だったし、曖昧なようでいて、物事の輪郭線のようなものを感じる時があった。とはいえ、未だ私は霧の中にいて、空気以上のものを微かに掴んでいるくらいの手ごたえしか無く、まだまだ道のりは遠いことを痛感する。

余談だが、私は両親が仕事でドイツに長期滞在していたため、それを利用させてもらったわけだけれども、父が鼾防止グッズを注文したので持って来てほしいと頼まれ持参した。

父がそわそわと開けたそれは腕時計のようなもので、私はその仕組みが気になり調べたところ、鼾をかくと音に反応して身体に電気が流れるという代物であった。それをつけて寝始めた父が鼾をかきはじめると急にピタリと止まる。私には拷問道具にしか見えないのだけれども、何故か父はこれをいたく気に入った。

以来付け忘れないようにと食事中からはめるようになり、たまに大声で笑ったりすると電気が流れているようで微かに身体が震えている父と、それに全く違和感を持っていない母が、私にはどうにも珍妙で見る度に声を枯らして笑っていた。どのあたりで二人が納得してるのか私には皆目わからなかったのだけれども、父の目的は鼾を止めることなので、安眠出来ずともたまに無為に電気が流れても、そんなことはいいらしい。それを共有している父と母を見て、夫婦というものが最も珍妙だと思った。

来年は2019年で平成最後の年だ。文字通り時代が変わる。リアルに生きたい。喋り過ぎもやめよう。受け取っているものを、返す度量がほしい。あとは猫の心身の健康。

みなさん、2018年は本当にお世話になりました。心から、ありがとう。ありがとう。

2018.10.26

ranbu「絵本原画と風物詩カレンダー展」、銀幕ロックのマケドニアの愛の唄、浜ちゃん亀有ライブ、きび&ぎん、komagome1-14cas「榎園歩希のいろいろ展」、hilma af klint、METAFIVEのDon’t move

2ヶ月ぶりの日記。先日個展が終わり、色々な友人知人が来てくれてとても嬉しい。来月ドイツに行く資金もできて、とてもありがたい。

私は夏前くらいに色々な展示を見た時に、心を打つものと、そうでないものとの違いについて考えていて、それは最終的に技術に寄るか感性に寄るかということなのではと思い至った。

一見同じ方向性の絵でも、中心を鷲掴みにしてくる力の次元がまるで違う。技術とは作家の努力、つまり説得力と誠意だ。他のものならば誠意で感動を起こすかもしれないが、芸術においてはそうでない気がする。作家本人の、中心を明け渡すまいとする本気の抵抗、あるいは世界の核を捉えたいという分不相応で我が儘な欲望。なんじゃないか。それは人間として最も無様さと滑稽さと恥を伴う。それでもなお諦めきれぬ衝動。それが燃え尽きない人を才能ある人と呼ぶのかもしれない。

技術が不要と言っているのではない。技術を尽くした果ての話である。果てで何を見るか。技術は所謂過去とも言える。それを第一に見るということは、その時点でもはやモノになる。モノでなく存在にするには、自分の意味不明説明不可能な感性に飛び込むしかないんじゃないか。だからピカソもクレーもミロも自分の得た最高ともいえる技術をかなぐり捨て、常に未知なる一点に目を向けていたんじゃないのだろうか。

などということをしばらくずっとうっすらと考えていた。まあ技術の果てなどほど遠い私などがそんなことについて考えても仕方ないのだけれども、そんな私ですら案外技術というのは楽しく結果につながりやすいので、知らぬ間にその大波に乗ってしまう危機感をうっすら感じてしまった。技術を得る事に最も快感があってはいかん。そこを目指してはいかん。

そんなことを何故今日記にこうして暑苦しく書いているのかと言えば、それは今回個展で自分の絵の流れを見て、そういうさざ波の予感を感じたからだ。私にも自分なりに得た独自の技術というものがちんけだけれどもあって、そこにしがみつこうとしている浅ましい自分の姿が見えてしまった。それが描くことの目的になってはだめだ。手段にとどめなければ。私は誰かを説得したいのではない。そのためには、もっと自分が自分の中心に触れていかなければ。あー久しぶりの日記は色々込めてしまって見苦しい。まあいい。私は見苦しさ満載の人間なんです。

個展の話に戻る。個展中のイベントで浜口寛子さん(music)とカフェ・ド・カトー(eat)に参加してもらった。浜ちゃんの音楽は、誰かが誰かのために作っているカレーの匂いとか、まっさらなおろしたてのカーテンとか、ぼんやり立ち上る真夏のアスファルトの蜃気楼とか、そういう不確かさと確かさの間のようなものを、濃密な空気感としてふんわり掌の中に手渡して広げてくれる。私はそういうことがとても好きだ。彼女の柔らかな直向きさにぐっと来る。カフェをするまいちゃんも、彼女の独特な強いクセのようなものがセンスとして形になるその不思議さは、感動的だ。私の年配の知人が「気配が強く残る人ね」と的を得たことを言っていた。そんな二人との雨と稲光の中のイベントはみなとても楽しんでくれたようで、本当に嬉しかった。

今年は台風が多かった。東京に直撃した時、飼猫らがいつものように私の近辺からいなくなり、家の崩壊が心配ではらはらして眠れぬ深夜、心許なくて猫らを探してみると、なるほど風音が聞こえない仕事部屋に2匹でじっといた。これは確かに比較的安心だと思ってしばらく猫らとその部屋でぼんやりする。ふと根底に深い安らぎが横たわっているのが感じられた。熊野で何かが落ちたのかもしれない。不満や文句など、なにひとつないなと月を見て思えた私は、とても幸せな人間だと言える。ありきたりな話だけれども、最近全てに感謝が絶えない。今日は満月。やさしく、ひとしく、みなを照らしますように。

2018.8.9

弟結婚式、大分タピエスイベント、長崎鼻海岸水泳、温泉、高校バレー部、あべりあさんとミヤケマイさん、スピリチュアル恩師、後輩Kちゃん、熊野古道、on the riverhuman museum、台風と秋分。

 

8月。今日は長崎原爆投下の日。今年の夏は色々活動的だった。非日常的な場所に行き、非日常的な人と会った。体感として耕田期に入ったので、自分を立て直したりする準備にはいいかもしれない。

7月後半に母と熊野古道へ。4日間みっちり歩くだけの旅。この灼熱の中、66歳の母がよくついてきたものだ。もちろん熱中症対策の準備は念入りにしたし、常に母にも注意は向けていた。

こうして書くと何だか親孝行な風であるけれども、そういうことではない。先だって私は自分の歩みを優先すること、途中で母が挫折したらそこで別れること、私に従うことを強制的に約束させたので、むしろなぜ母が同伴を希望したのか不思議なくらいである。数年に一度の割合で、私は母とこうした風な旅をすることになる。

前日に福岡入りしていた私と大分から出て来た母は福岡空港から中部国際空港に飛んで、そこから青春18切符で伊勢神宮に詣でた後、紀伊半島の新宮に向かった。深夜23時くらいにビジネスホテルに到着、翌朝6時過ぎの電車で那智に向かって、まずは大門坂から熊野那智大社まで2時間半ほど歩く。

早速大きな杉の木の入口。最初は後ろに中年夫婦がいたのだけれども、いつの間にかいない。入ってすぐに大きな真っ黒な蛇に出会う。

この後の熊野古道中はずっと交互に、黒い人、白い人、黒い羽、白い石など、黒、白、黒、白の順で毎日すれ違うことになる。普段の私なら深く掘り下げてしまうところだけれども、歩みに没頭しているため無意識に限りなく近い意識の部分を漂っていたので、流れ過ぎてゆくようにそれを見ているだけだった。

話は戻り、熊野那智大社から歩いて那智の滝で給水し、バスで那智駅まで戻り熊野速玉大社へ。途中、食堂(柿乃肴)に不意に入りとても美味しい手打ち蕎麦と柿の葉寿司を食べ、そこに置いてあった雑誌の1ページで熊野三山の奥宮である玉置神社を知り、全部予定を変更してまずそこを目指すことをその場で決める。いい雰囲気の同年代の店主夫婦が、色々丁寧に教えてくれた。

熊野速玉大社を参拝した後、店主夫妻に勧められた断崖絶壁にある神倉神社へ。ものすごい急勾配の階段。ここで那智山から度々会っていて「きっとまた会うわね」と言っていたドイツ人夫妻とまた会い、今度は「さようなら」と言って別れる。別れの挨拶をしたから、もう会わないね、きっと。と母と話す。

途中灼熱で干からびかけた私と母は遭遇したベロタクシーという人力自転車タクシーに乗って神倉神社から新宮駅へ。とても好ましいお兄さんが道中街を案内してくれる。途中の果汁100%温州みかんかき氷が安く食べられるかき氷屋さんに止まってくれて、タクシー内で食べる。母はあまりのお兄さんの親切に疑いを持ち、後にそれが全く覆されたることとなっため、旅の最後まで自己嫌悪に苛まれることになる。

その後熊野本宮大社へ参拝。色彩が使われていない、潔い男っぽい神社。八咫烏のマークが非常に可愛い。この旅を不意に思いついてから、神託カードは熊野のものばかり出ていた。しかしながら私は元来の怠け者である。正直言って旅直前は若干面倒な気持ちになり、この熱波を理由に何とか先延ばしにしようとカードを引くとまたしても八咫烏のカードが出たので、腹を括って翌朝旅立った。そういう動機があったため、「来たんだから頼みますよ。」と八咫烏に強迫めいた安全無事祈願をして熊野本宮大社を後にした。

 

急遽予定変更を決めたため、道すがら予約していた宿などをキャンセルしながら玉置神社に行ける一番近い集落である十津川村までとりあえず行くことに。既に山深い場所。バスは一日2本というこの土地で、とりあえず向かうというのは無謀だけれども、ここは八咫烏を信じてダメ元で目的地に定めてみる。着いた宿で詳細を聞くと、やはりバスは平日しかも1日1本しか通ってないということで進路は絶たれた。と思いきや、宿のおばちゃんの配慮で友人のおじさんが早朝仕事前に連れて行ってくれることになった。

 

翌朝6時宿のおばちゃんが握ってくれたおにぎりを持って、玉置神社へ。母と二人きりで誰もいない。樹齢三千年の神代杉が突然前触れもなく目に飛び込んで来た。これはちゃんとしなきゃいかんやつだ。と直感的に思う。恐れを感じる樹なんて初めてだ。裁きの閻魔大王みたいな出立。でももう眼前にいるので逃げることもできないし、完全降伏のような気持ちでしばらく佇む。興奮した母が写真を撮ろうとしたので堅く戒めてその杉を後にする。ギリギリセーフ、のような感じ。母の無邪気さのおかげかも。あんなに緊張を強いられる樹は初めてだ。樹も三千年も生きるともう存在そのものが物質を超越して気の塊のようなことになるのかも。とにかく緊張した。思い出すだけで、今でもドキドキする。

 

緊張感から脱する頃合いに、玉置神社に着く。神代杉とは打って変わって、ピタリと流れが止まったような空間。全く生死の気配がしない場所だった。こんな場所も初めてだ。丸一日いたような、一瞬だけだったような。手を合わせて目を開ける瞬間、パチパチと青くスパークした。

帰り道も同じ道だったのに、あの神代杉に会わなかった。もう一度見たいと思っていたのだけれども。母も同じことを言っていた。あんな巨大な杉を見過ごすなんて。でもきっと、そういうものなんだろう。そういうことなんだろう。

 

玉置神社から下山し、車中でおじさんと話しているうちに何故か熊野古道の小辺路ルートを歩くことになり、登山口までおじさんが送ってくれた。当初の予定としては、初心者コースの中辺路を歩くつもりであった。うだるような暑さで母も一緒だ。途中必要ならバスなどで登山を回避できる道でなければと思っていた。それが不本意にも気づいたら小辺路の登山口。上級者コースの小辺路は殆ど調べていなかったが地図は手元にあり、不安に囚われるのが熊野古道を歩くのには最も適していないと思っていた私は、あえて母にそのことを一切告げずに8時前に登山口で登山者登録帳に記入する。この旅のキーワードは委ねることだ。母に熱中症予防を色々施す。登山開始直前に村営バスが通り、運転手や乗客が窓を開けて「頑張んなよ〜!」と声援を送りながら通り過ぎて行った。

 

ここから、今回の熊野古道の真髄となった歩みが始まる。

「きっと様々なことが起こるけれども、全てはいずれ通り去っていくものだから、動揺せずに自分の感情に囚われないこと。目的はゴールではなく歩くことそのものだから、身体の力を抜いて山に身を委ねて歩みのリズムだけに集中するように。」とまるで私自身が言われているような感触で母に言って入山した。

 

最初から急な登り。登山は身体が慣れるまでの序盤がきつい。もうだめだと思うポイントには必ずお地蔵様がある。これを数えながら休憩もあまり取らずに母と進む。4時間ほど歩いた頭頂付近に観音堂があり、そこで宿のおばちゃんが握ってくれたおにぎりで昼食。田舎の濃い味付けが疲れた身体にとても合う。湧き水で頭から水を被って身体を冷やし、給水して出発した。頭が濡れたので二人とも白いタオルを頭に巻き、たまたま持っていた鈴をお互いの状態を知るために各々手の棒につけた。また何故か登山だというのに私と母は熊野に入った日から、手洗いしながら毎日同じ真っ白い服を来ていて、図らずも何だか巡礼者のような格好に。実のところ白い風通しが良い服は熱中症予防には最適だったようで、昔の巡礼者は理にかなった方法できちんと体力管理をしていたのだなあと感心した。

 

道中上手く説明できぬことが様々あったのだけれども、まあ理解してもらう必要も無いので詳細は省略する。日頃悪い頭で無為に色々考えがちな私が、無思考な瞑想状態のような感じを保ち、母の精神状態を手に取るように感じ、こんなに何かに委ねたのは初めてだったので、本当に気持ちがいい歩みだった。

 

何はともあれ、気づけば体力も精神力も水も食べ物もギリギリのラインで8時間後に下山。15時すぎバス停に到着したが、1日2本のバスは終わっていた。母も既に限界。この灼熱の中このままここに居るのも危険だ。結局ヒッチハイクで車を止めて、仕事へと急ぐお兄さんが大きなバス停まで乗せてくれた。関わる人がみんな優しい。ありがとう。ありがとう。

 

その日は近くの川湯温泉の宿へ。疲れきった身体をほぐす。熊野は温泉地帯なため滞在中は毎日温泉に入れたのが、本当によかった。私は睡眠より食事よりお風呂なのです。食べ物も偶然にも旅の間はずっと恵まれ、天然鮎、柿の葉寿司、めはり寿司(奈良県吉野地方の郷土料理。おにぎりを浅漬けの高菜で包んだもの)、温州みかん(母が道で拾った)、手打ち新蕎麦などが食べられた。

 

翌朝、最終日。当初の予定であった中辺路を歩くことに。発心門王子→熊野本宮大社までの4時間。前日の疲れと気温を考慮して下りのルート。楽な歩きって何だかな。と物足りなく思いながら歩き始めたのだけれども、歩いてみると下りも登りも本質的には同じだと気づいて、戦後の陽動意識の名残である苦労=達成感みたいな呪縛がまだまだあるなーと思った。苦労は報われない。今は幸福感や感謝が報われる時代だ。と思う、個人的には。罪悪感や自己嫌悪が最も無駄だ。何にもならない。誰にも優しくない。自分のプライドを保つためだけの行為。だと思う。後悔や反省もその瞬間に責任を持たないことの産物だ。それをずっとやってきて、そんな自分にうんざりした私の個人的結論です。

 

再訪の熊野本宮大社に辿り着き、安全無事の感謝と報告の参拝をして、熊野古道は終了。バスで紀伊田辺へ。青春18切符で大阪に向かう田辺駅で、突然母のリュックサックが弾ける。風に散乱し舞う荷物。リュックサックは完全に壊れていた。そして同時に私は生理になった。

という結末で、熊野の旅は終わった。

2018.7.4

暑い。久しぶりの日記の一言目としてはあまりにも如才ないが、それを考慮してもまず言いたい。暑い。

W夫妻還暦祝、浜ちゃんライブ、トラ訪問、仮免、夢日記、梅仕事、出雲大社、さくらんぼとパンの会、厳しい女子会、てんやわんや、エロいカラオケ。

一昨日は男友達に厳しいと評された女子会の続編会。(※他の友人に女子会とは丸の内や表参道でキャピキャピやるのを女子会と称するのであって、家で酒飲みながらやいやい言い合うのは婦人会であるという指摘を受けるが、それも何だか字面が萎えるので、強気に女子会ということにする。)

私は上滑りな共感とか肯定感だけの会話や関係が気色悪くて嫌いなので、率直な物言いをする人や場が好きだ。指摘されたり仕事を批評されるのはありがたい。そのくせに、プライド高く妙なナイーブさを持ち合わせているため打撃は受けるし、虫の居所が悪かったり相手がレッテルを貼ってこようとすると癇に障ることもある。それでもいい雰囲気でまとまるよりも、何かしらの突破口をと思う。

友人に、私のことを「赤茶色で一見固そうだけれどもあるポイントをつくと簡単に木っ端微塵になる岩石で、粉々になった後も指に粉がまとわりついているようなイメージだ」と言われて、感心してしまった。うまいことを言うもんだ。自分の本質は案外周りにすっかりバレているものである。

別の機会に他の友人から「どんな人になりたいか?」と問われ、弾力がある人だと答えたところがまた、前述の友人の真っ当さがうかがえる。

ちなみに子供時分は、だいたいそのへんに転がったまま極度にのったりした動作で生活していたため、母からはナマケモノと呼ばれていた。

足の指に漫画を挟み、左手でページをめくり、右手でスルメイカとポテトチップスを食べるという自堕落ゆえの独自技を身につけ、妹によく観察されていた。

最近これはと思った情報や思いつきなどを、頭に浮かんだ人に食いかかるように知らせしてしまうことが多く、余計なお世話おばちゃん化が著しい。被害に会った方はどうか冷たくスルーしてください。

昨日はiPhone故障の相談で新宿のAppleへ。応対してくれた男性が何とも好ましかった。私の中ではAppleあるあるなのだけれども、一見冴えない風に見える人ほど、デキる。

動作や言葉や距離感などのテンポが乱れず、求められていることにポイントだけで確実に応える。眼鏡が下にずれていて猫背で寝癖ついてたけど、全く過不足が無い人だった。方や隣にいたファッショナブルできれいに眉毛を整えた、いい匂いのお兄さんの、テンポ運びのダサさよ。最後に私が自作した月齢手帳を見て「月齢っていいですよね」というポツリとこぼれた一言で、落ちかけた。我ながらチョロい女。

この暑さで猫らの抜け毛がひどい。動いたら毛が舞う有様。そのためかスピカが機嫌悪く、目が合う度にシャーッと怒ってくる。私の所為ではないと反論しても、イライラして聞き入れる気がないようだ。無視することに。

あっという間に下半期だ。来月は40歳。デーツかじりながらカフェオレ飲んでいる呑気さはいかに。40歳は、新たなスタートにしたい。

2018.5.15

久しぶりに近所のカフェで読書。「ピカソ講義」岡本太郎と宗左近対談。

「危険な道を選べ」というのは、岡本太郎の有名な言葉であるが、これをそのまま凡庸に実行すると、どえらい間違いをすることになるなあと読みながら改めて思った。二重にも三重にも俯瞰し、自分を見つめて捉えている上での話だな。

危険な道とは、結局のところ自分にとって最も都合よく甘い道だという場合が多いと思う。人は、認められたい、好かれたい、必要とされたいという自己承認や存在価値や存在意義などを社会や他人に求める。でもそれは、満たされないことの方が多い。なぜか。「他に」求めるからだろうな 。それらを自分に向けることが出来たなら、全てが解消されるはずだ。自分の進化次第という結論によって。

つまりそれは、冷静に客観的に自分を見据えることの恐怖に勝てない、自分でせねばならない努力を他におしつけている、現実と理想のギャップに傷つく勇気もない、ということかもしれない。完全に他にも自分にも甘えているということだ。それら全てに打ち勝ってなお挑む人。漫画榎本俊二「ムーたち」の中に出てくるようなサード自分や、フォース自分を持つ人だけが、真っ当に「危険な道を選ぶ」ことができる人なのかもしれない。

自分を疑うことや判断することや叱責することをして、落ち込むような憐憫という甘さを自分に与えるようでは、「危険な道」などわからないのかも。

私の恩師が以前、「鋭くとことん自分を批判しなさい」と言っていて、鈍い私はそれを頭でしか捉えられず、ピンとこなかったのだけれども、ようやく今になってこういうことかもなと、思い至った。

なんだか最近とても自分の頑なさが目につく。斜に構える部分があって、それが発動する時の自分のシステムがまだよくわからない。何かスイッチだか経路があるんだよなー。そして集中力も無い。こうして日記を書いていても色々ズレがある気がするのだけれども、それを追及する根気が無い。立て直しが必要なのか、破壊が必要なのかもわからない。今の私はとても曖昧だ。

お腹すいたけれど、目の前には激甘マーライオンチョコレートと激苦エチオピアコーヒー。帰る気にもなれないので、空腹は忘れることにしよう。

今まさに新月真っ最中。最近密かに祈っていることがある。それが叶いますように。

2018.5.9

千駄木やきとり、図書館で絵本トーク、キトキト誕生日花見、七福神巡り、イケイケ若手美術家談議、スピカの耳垢、くるりライブ、HelloArtMACHI2018、強力ブロック、小沢健二ライブ、毛麻レモンシフォンケーキ、別府になりたいアベリアさん、地元の友人Mの選択 。

先月は今までに無く忙しかった。泡吹きそうだったけれども、どれも一応仕上げたのでちょっと自信を持つことが出来た。能力とか完成度とかいうことではなく、算段が合っていたという点において。

日帰り大阪行きを決行した深夜バス車中にて。バスの振動が熊の唸り声と化し、顔から喰われるという悪夢にうなされ、皆が寝静まったバスの中で「あわわああっ」という絶叫と同時に自分の声で目覚める。隣席のミッキーのブランケットに包まれた女の子の身体がビクッとなった。

私は奇怪な人や場面に遭遇することが多いと言われることがあるが、みんな言わないだけだと全く納得していなかった。しかし深夜バスで突然絶叫する女など奇怪な人でしかない。とふと思ったと同時に、軽く落胆したので、それ以上考えないことに。

くるりと小沢健二のライブ。とてもよかった。音楽も、構成も、言葉の量も、距離感も、信頼度も。

千円でも行くんじゃなかったと思うライブもあれば、1万円でも安いと思うライブがある。それは当然なのだけれども、その当然なことをきちんと考えている人は割に多くない気がする。

くるりは音楽に乗せるのがとても上手かった。こちらが乗ろうと思う前にもう乗せられている。自動エスカレーターみたいに。途中後半に差し掛かった時に、発売予定もない未収録の東京オリンピックをテーマにした歌詞無しの曲があり、それはとてもエキセントリックでリスキーでくるりの価値観がギンギンにわかる楽曲だった。それをビッグウェーブの時にぶち込んできたのを見て、私は一客として何だかすごく嬉しくて泣けた。

岸田さんは他に対する期待値を意識的に低くしている人だと思う。だからこそ丹念に丁寧に謙虚に音楽と向き合い、聴き手の感性だけに頼らない気がする。そんな岸田さんが、あんな音楽を我々に全開で投げて来た時に、岸田さんの予想以上の聴き手への信頼を勝手に感じてしまい感動した。

琥珀色の街、上海蟹の朝も大好きな曲なので、生の「路地裏のニャンコー」を聴けてよかった。始終鼻水垂らしながら狂喜乱舞。

そして今週行った武道館初オザケンライブも最高だった。私はかっこいいベースラインが好き。生のオザケンの音楽は力強くも柔らかな男っぽさがあり、くるり同様明るい全開さを持っていた。オザケンライブも嗚咽鼻水ライブ。

昨日別府のあべりあさんのトークに。愛だとか笑顔だとか普通なら気恥ずかしくて使えない言葉が、真っ当に感じた。そう感じたのはマイケル・ジャクソン以来。本気で使っている人の言葉は水のよう。

最近また夢日記をつけ始める。私には潜在意識の強力なブロックがあり、どうしたものかと長年思ってきたのだけれども、最近細部が明確になったのと同時に外れかけているような流れが夢の中で垣間見えるので、嬉しい。飼い猫スピカにもそれがあり、まあ原因を私は知っているがスピカも外れかけている様で、お互いややこしさから脱却できるかもねーなどと世間話風にしてみたり。

それにしても今日は寒い。

今夜こそ猫らとの湯たんぽ争奪戦に勝つぞと策を練りながら鎌倉からの帰路へ。

2018.3.14

東京大雪、福岡スピリチュアル風味の会、ナツメ書店蔦屋書店六本松絵本屋かのこタピエス絵本委託、吹雪の中の佐田京石、オーラソーマ、「ひらがなえほん原画展」と「赤いターン」展、大分宇佐市大雪、スタッドレスタイヤを知らなかった両親、GALLERY SAGEでグループ展参加、甥っ子の父親=だるまという認識について、かわいいドイツ人の義妹、ミランダ・シュラーズさん講演会、ハハとアート三昧、堀川 すなお「バナナ」、東京アートフェア、お見合いでゲロを吐いた知人。

 

気づけば3月も半ば。

正月インフルエンザA型にかかり、先月はインフルエンザB型にかかるというアホ丸出しのような事態のため展示に来てくれたのに会えなかった人、ごめんなさい。そしてありがとう。絵本も本当にたくさんの人が購入してくれて、嬉しくて言葉がない。ありがとう。ありがとう。

 

福岡の貴婦人Sさんの計らいで、色々な面白いスピリチュアルな人々と再会。

「あなたコアラの着ぐるみ着たライオンだよ」と本性を突かれる。もうコアラっぽくユーカリはみはみしている場合でないよなあと納得して決心する。そうなんです。私は一見鈍臭いピースフルな草食動物に見えるかもしれないが、実は気性が激しく爪も牙もあり、稀に俊敏な時もある肉食動物なのであります。爪と牙を上手く隠したつもりでも自分が気づかぬうちに他を傷つけているし、ガオっと来るかもくらいの猛獣感を出していこうと思う。私はとても上手くコアラを着こなしてしまっているそうだ。とは言え、コアラの着ぐるみにはだいぶ助けられた。ありがとうコアラの着ぐるみ。成仏してくれ。

 

アサクサギャラリーで現代美術家アントン・ヴィドクル による思想家ニコライ・フョードロフと物理学者レフ・テレミンの不死思想についてのトークがあり、大変面白かった。特に私が興味関心を持ったのは、そもそもなぜ不老不死が必要かという問いに対する答えであった。

それは芸術家のためなのだそうだ。この宇宙は殆どが無機質なものでできている。例えばテーブルや、例えば石に「意識」を持たせることで無機質が有機質となる。宇宙を有機質で満たすと、宇宙は変わる。それは芸術家の仕事で膨大な時間と労力がかかるため不老不死である必要があるのだという。さらりと話しただけなのでまだ深部は全然わからないが、何だか面白そうなのでフョードロフの本は読んでみようと思う。

 

ミロコマチコ展へ。描くことを本気の遊びにしているのがすごく感動的だった。子供の時は確かに本気で遊んでいた。目的が「面白く遊ぶ」ことだったからだ。本当に面白く遊ぶには観察、反復、集中、想像、行動、それらが全てないと出来ないと思う。

私はまだ別の目的のための手段として描いているなと思った。それは描くということに対して甘いからだ。目的となるくらい、描くということに埋没しなければだめだ。私などせめて自己投入しなければ全く何にも敵わない。コアラ化して距離感図っている場合か。しつこい。けどちょっとツボだったんです、私には。ユーカリはんでましたわ〜!という。

 

実は今ここに別の話を記述していたのだけれども、これは載せるべきかと思っていたら、突然キーボードに猫が乗ってきた。そして猫がその部分だけきれいに削除していたので、載せないことにする。もしかしたら不意に出していた爪を、猫が上手く爪切りで切ってくれたのかもしれない。などと「全て必然です」みたいなのも気色悪いので、単に消えたのでそのままにしておくことにする。

 

2018.1.21

星の物語製作所展、安藤忠雄展、クリスマス会でプレゼント交換(江口洋介風Oちゃんの絵と靴下)、猛者たちとの高級豆乳鍋、鎌仲ひとみ監督の話、息子猫里帰り、インフルエンザ、遅い初詣で凶、ステンカラーコート、f.houseでマッサージとルーシーダットン、巨大パーティールームで二人カラオケ、高級かまぼこ新年会、珍奇なドライブ、18歳ドイツ人の義妹、大人の恋愛事情、預言カフェ、スピカ泡吹き、おろちのピアス運び癖、雪。

先月行った安藤忠雄展が、とても面白かった。膨大な展示の中で最も関心をひかれたのは、住居建築であった。人は普通住居にリラックス、快適さを求めると思う。彼の住居はそれを否定しているように見えて実は、リラックスや快適という感性のクオリティーが高すぎて、一般人がそう感じられないだけなのだ。安藤忠雄が提案する家に身を沿って生活したら、人間の佇まいや纏う雰囲気も変わりそうだ。いつか自分の家を持つなら、自分を正さざるを得ないくらいの頑固な家に住んでみたい。私のような自律が苦手な怠け者にはいいかもしれない。

正月はインフルエンザで寝込んでいたため、正月気分を全く味わえずに2018年に突入。4日間殆ど食べずひたすら高熱で寝ていたら、体重も3kg減り無駄な食欲も無くなり肌艶が良くなってかつ、四十肩らしきものが無くなっていた。強烈な毒出しだったようだ。年末に行った葉山のマッサージがどうもスイッチになったような気がする。

一昨日、飼い猫スピカ♂が泡を吹いてヨダレを垂らしていたので、朝イチで近所の動物病院へ。結局異常は見つからなかったが、点滴や吐き気止めなどの投薬を勧められた。症状だけ抑えても、私が安心なだけである。悪いなら表面化する方がいい。見たところスピカも「気持ち悪いですわ〜」くらいで悶え苦しんでいるわけではない。この際気持ち悪さは我慢していただいて、獣医師に相談した後全部断る。とりあえず大量の新鮮な猫草を準備して経過観察することに。

ちなみに彼は今現在、発情している。生物は生命存続が危ぶまれた時に種だけは残そうと発情するというけれども、多分彼の場合はそういうことではない。スピカはもともと辻褄の合わない猫なのであまり気にしないことにする。

ステンカラーコートをネット購入し、先方の手違いで返品。それが二度も続く。とても欲しいコートだったが、気が失せる。去年はそういうことが多発した。全て金銭的な損はしていないのだけれども、時間的な損が甚だしい。「損をしたくない」という我欲が働きやすくなっているなと思っていたのだけれども、その現実化表現かもしれない。あかんな。(関西出身の友人Aさんの言い方が思い浮かんだので)

今雪が降っている。こんなに寒いのに朝珍しくやる気が出て仕事に精を出すも、今はやる気もすっかり失せて雪を眺めながら熱いコーヒーをすすりつつこうして日記をつけている。久しぶりにナンバーガールなど聴いていたのだけれども、どうにも肩が立ち上がってくるのでmice paradeに変えた。

もう少しコンスタントに日記をつけたい。

時間が経ちすぎると物事の芯を覆う気配や、感触のようなことが失われてしまう。例えば今日のこの深々と冷えた部屋の中で冷えた指先を温めるためにも、コーヒーを飲むリズムは有効なこととか。雪は時間を伸ばす作用があるような気がするようなこととか。そういうことに彩りを感じるような常態でいたいと思う。