2017.5.1

巷はGW。私は別段変わらない日々。

先日知人浜ちゃん(舞台女優兼歌手兼エッセイスト)の展示へで新宿BELGへ。作品ともなっている彼女のブログ《空想2%》は面白い。リズムの取り方とか描写の仕方とかユーモアの入れ方とかが、何となく舞台上を思い起こさせられて、度々ブハッとなった。

その後皆で飲みに行った先で、彼女が同じ職場の美人女子が無駄にみんなの注目を集めて仕事に支障を来していることの不条理さを力説していだのだけれども、それは「美人だから仕方ない」という、その不条理さを真理のごとく認める男性陣の結論の前にええ〜〜とガックリ項垂れているのを見て、私は秘かに正直で愛らしい人だなあと思っていた。

結局女が男に求めることは「私を見て!」に他ならないと思う。男についてはわからないけれども。「見て!」と言っているのだから、見たらいいのにと思うが、男性は見るだけに留まらずに余計なことをする場合が多い。意味を問うとか、探るとか、先回りするとか。そんなものは必要ないのだ。女性は好きな人のことを、全身全霊で見ていると思う。

彼女の展示の中に前世の占いの話があったのだが、実は私も前世を占ってもらったことがある。

高校3年生の大学受験が差し迫った時期、私は父と占いに行った。物理を専門とする父は、自分が確かめられないことは信じないという典型的な古いタイプの科学者である。何故そんな父と二人きりで占いに行ったかと言うと、多分よく当る占いとかで私が他所で聞きつけてきて、センシティブになっていた私に父親心で付き合ってくれたのだろう。

さりとて、父の眼前で恋占いなど出来るはずもなく、受験直前で未来を占うのも恐ろしい。仕方なく前世を占ってもらった。

占い師はまず最初に父の前世を見た。父は戦国時代の偉い武将で、片時も肩の力を抜くことがない。武将である父の大きな屋敷の庭には小振りながら立派な池がある。その池には一匹の亀が住んでいて、父が池に近寄ると水の中から出て来て石の上で月光浴をする。その気持ち良さそうな亀を眺めるのが父が唯一和む瞬間であったのだそうな。そしてその亀が、私の前世だというのだ。

亀て。

前世が動物なんて、聞いたことがない。小難しそうな父親と間抜けそうな娘を見て適当なことを言ってるだけなのでは。こいつ怪しい。騙されるかも!と思い即座に横を見ると、とても腑に落ちた様子の父が居た。深く頷きながら、「お父様はその亀をとても大切に思っていて、そのご縁で今世は親子になったのです。」という占い師のまとめを神妙に聞いている。

何を納得してるのだ。めっちゃ娘バカにされてるし、壺買わされるよ!と心の中で叫んだものの、父は既に武将顔で微笑みながらこちらを見ている。結局、父は快く3000円を支払い私は忸怩たる思いで占いの館を後にした。

私の生まれて初めての占い体験であった。以来22歳まで私は占い師というものに対して不信感を持ち続けた。もとい、根に持ち続けた。

しかしその後の色々な経験によりその不信感は無くなったし、改めて冷静に考えてみると、確かに私は月光浴や水中が好きで、歩くという字が名前に入っているように色々のろい。これらを見ると、全く違うとも言い切れぬ。

亀か…何か、テンションは上がらないけど、まあ、どうやら微かにではあるけれども有意義な存在だったみたいだし、まあ、いいか…亀だけど。

という風に今は折り合いをつけた。
以来、ラクダを相棒にしていたエジプト男性とか、中世の壁画職人とか、マヤ人とか、社会的には成功したが愛を犠牲にして後悔し続けた女とか色々言われてきたが、人間でないのは亀だけである。自分ではこうなんじゃないかというのがかなり具体的にあるのだけれども、それは秘密。

雄猫スピカが蚊を追って暴れている。雌猫おろちはちゃぶ台の上の焼き海苔を狙っている。私は生玉ねぎとブロッコリーのサラダを泣きながら食べ、あんまりからかったので今はデーツを囓っている。

そんな5月冒頭の日。

2017.4.27

はなひらりん、会津昭和村、湯西川温泉、花見、子どもの美術、犬ぞり師、金の指輪、コムアイ、制作、恩師との会合、女性向けポルノ、ショートカット、ArtMCHImuseum、絵本の依頼、美女好き甥っ子(7ヶ月)、イカの塩辛。

 
仕事とプライベート共に活動的な日々。それらが曖昧な境界から自分がしたいと秘かに期待していた仕事が生まれることの面白さ。 私は昔から本当に公私ともに人間関係には恵まれていて、煩わすことはあっても煩わされることはあまりない。今の私のあらゆる成り立ちは全てそういう関係性の中から生じたものであり、常に平伏したい気持ちでいるORZ。平伏したことはないのだけれどもORZ。

 

私はこの笑い顔の所為かよく人が良いとだとかさっぱりしていると思われがちであるのだけれども、実のところはえぐいほどの粘着質であるし、色々な矯正と鍛錬によって今は基本的に誰とでも関われる方だとは思うのだが、私の根暗でちぐはぐな本質に気付いている人は少ないと思う。と昔は思っていたが、今は割とみな気付いていて呆れたりしながらもつき合ってくれているのだろうなと思っている。それくらい人間というものは隠しているつもりでいても、だだ漏れなのだ。

 
最近コムアイに注目。前から面白い発言の人だなと思ってはいたのだけれども、松岡正剛との対談でより興味が湧いた。「派手なことではなく、筋が通った過激なことをしたい」何てシャープなことを言う24歳なのだとため息が出た。やはり新人類は着実に進化している。イカの塩辛を爆食いして気持ち悪くなり、チョコを食べてさらに吐き気をもよおしている場合ではない。

 

私は元来ぐうたら者であるが、ぐうたらすることは私にあまり合っていない。寝すぎると体調が悪いし、暇だと妄想や空想から生じた思考に粘着を帯びて、自分の得意な思考回路を使って思い込み化しやすくなる。つまり濁りやすくなる。だから公私共に誘われて気が向かない場合、その気分の理由を精査し、「面倒くさい」という結論に達した時には行動するようにしている。極論全てが面倒だからであるし、そういう時には動くと必ず意外に楽しい思いをするからである。動機のテンションが低いため、その物事への期待値ハードルが下がる所為だと思う。

 

昨夜は新月。色々願う。何か示唆的な夢を見たような気がしたが、思い出せない。

相変わらずネット環境が整わないため、今近くのカフェで仕事をしながらこの日記を書いている。仕事を入稿して安心。残りのハーブティーとひとかけらのチョコレートを食べたら、深夜の春の散歩をしながら帰って猫らを愛撫して録画していたクレイジージャーニーでも観よう。

孤独は別に嫌いじゃないと、こういう夜に思ったりする。

 

2017.3.27

今日は昨日に引き続き、とても寒い雨の日。

基本的に制作。合間にファッションショーの打ち合わせ、友人著作の本の装丁、デザインの仕事、餃子パーティー、高円寺のコアなスポット、友人の結婚式でカメラマン。最近仕事の方向性で具体的な目標が出来たので、その話を長時間友人に聞いてもらう。

私は絵を描く事を主軸として一応今やっとではあるが生計をたてていて、それは長年の私の目標であったし、とてもありがたく幸福なことなのであるのだけれども、昔からずっと拭いきれぬ違和感がある。長年それには色々な分析と理由づけをして心から追い払って来たが、それを無視しないと最近決めた。今は、やっと自分のやるべき方向性が具体化していくかもしれないという予感だけがある。自分自身が苦でない方法で世の中に貢献できる生き方をしたい。

先月のとても寒い夜、炬燵から尻だけ出すというわけのわからぬ状態の雄猫スピカを眺めていたら、ふと野良猫は急な寒さにやられてはいまいかと心配になり、直後借家ではあるが我が家は一軒家ではないかとはっと気付いた。早速縁側(この縁側という言葉が出てこず、ネットで「軒先で座る場所」などと検索してしまう)の下に布を敷き詰めた段ボールを用意し、その前に猫飯を置いた。翌日見てみると、寝床は不明だが猫飯を食べた形跡はあって、よしよしといいことをしたような気になっていた。

それから1週間ほど猫飯を入れる日が続いていたのだけれども、雄猫スピカが挙動不審である。何やら発情のような雰囲気でもある。もともと挙動不審がちな猫であるし、冬の終わりは毎年ほんのり発情しているのでさほど気にとめていなかった。

ある夜、外を見ることができるように一階の障子の一角を猫用に切り取っているところがあるのだけれども、そこでいつものようにスピカが外を眺めていたら、外で設置した猫飯を食べている猫の気配がする。これまたよしよしと思っていたら、目を疑うようなことが起こった。食べ終わったその猫が、あろうことかガラス越しのスピカの顔面にスプレー(雄猫特有の臭いおしっこ)を吹きかけたのである。私はもう衝撃的すぎてあんぐりと茫然自失であった。恩義を感じるどころか、なんという高慢な態度。なんでそんなことをするのだ。と見たら、白っぽいぶちのでっぷりと太った巨大な猫であった。

そうなのだ。このあたりの野良猫らは別に何にも困ってないのである。何処かに素敵で快適な場所を決めていて、私のところにはまあ「置いてあるし、どうせなら食べてくか。それなら印もつけておくとするか。」くらいのことだったのだろう。

外からかけられた所を見てみると、何度もスプレーされた形跡がある。我が家の猫を心底馬鹿にしている。こんな無礼な奴にもうやるもんかと猫飯を撤収したのは言うまでもない。段ボールは一応置いておいた。あの無礼巨猫は入れないし、他の痩せた猫には必要かもしれないからである。

慈善的なことをしたつもりになっていた私がしたことは、結果的に野良猫から私ごと飼猫を馬鹿にされただけであった。それによる発情的な風情のスピカの理屈もさっぱりわからないが、とりあえず猫らには悔い改める旨を伝えた。

自分の正義とか善だとかをまるで疑わない人を見ると心底私は恐怖するのだけれども、私も大して違わない。その一連のエピソードを友人に話したところ、「あゆちゃんて感じ」という言葉に小さく刺されつつ苦笑いでお茶をすすった。

最近ミスが色々多い。頭の中がとても分離的で断片的。ほどけていっているような感覚。致命的なミスまではいかないせいか、何故か不安による緊張感などは全くない。最近声占いというものを友人が教えてくれたので近々行こう。

今、近所のよくPCを持ち込んで仕事をしているカフェでこの日記をつけているのだけれども雨が止んだようなので帰る気になったので、終わることにする。

2017.2.7

新月、節分、旧正月、まりお誕生、スピカ発情期、凄まじい餃子欲、イカによる消化不良、ドラマ「カルテット」、頭皮のフケ、可愛がられたい話、仮想通貨ビットコイン、ジャスミン茶とレーズンチョコ。

最近の私を要約すると、こういう風である。ひたすら家に居た。展示が迫っているため製作の日々。特に面白いことも辛いことも無い。

面白いことも辛いことも無いが、最近訝しいことはある。加齢現象である。以前老化現象と言ったところ、60代女性に「老化舐めんじゃないわよ」と低音で言われたため、辛うじて30代の私は加齢現象と言わせていただく。

一週間前からずっと気になっているのだけれども、明日8日は何か予定があって、しかしながら手帳には記入が無い。最近のメールやラインを2ヶ月前まで遡って隈無く調べるも全く当てはまるものが見つからない。諦めてブルーレイを鑑賞、終わった後にケースに仕舞う時に挟まっているレシートを見ると、明日の予定はその返却期限であった。私は一週間悶々としていたので、借りた直後に忘却したということになる。

今日は気付かぬ内にバス内で足をつっていて、放置していた時間が長すぎた所為か今も筋を痛めたままで一向に治らない。気付かぬ内に足をつったことなど、かつてなかった。

最近自分の生活習慣を見直そうと考え、まずは食生活であるが、その中でも間食の糖分を減らしたい。ゆえに今まではレーズンチョコだったのを、何かに代替えしたい。出来るなら摂取した方がよいものに代える方が望ましい。私は歯や顎を鍛えたいと常々思っていた。そして口内衛生の為に唾液量を増やしたい。乾物イカだ!と思い当たり、色々な種類の炙るスルメを買い込み、以来毎日おやつに食べていた。が、日に日に胃腸の具合が低調に。一週間経って気付いたのだが、消化不良であった。甘いものを殆ど食べなかった若い頃は、スルメは私の常食であったし、消化不良などなかったのに。

というわけで、脳・足・胃腸ともに衰えが甚だしい。去年人間ドックで視力が上がっていて友人らに自慢気に喜んでいたら老眼現象ではと言われるし、「38から来るのよ〜〜」という諸先輩方の言葉が響く今日この頃である。

若くというよりは、自由でいるため健康に元気でいたい。まずはこの加齢を受け入れろということか。抗うエネルギーも無駄だしなーと、既に省エネ思考である自分を確認し、腑に落ちたので日記を終わる。

2016.1.15

寒い。最低気温-2°とのこと。

今日はセンター試験らしい。私も20年前にインフルエンザで高熱の中受けた。前日に滋養の為と就寝前に高価な栄養ドリンクを3本飲んだのだけれども、逆に目が爛々としてしまい、何故と思い説明書を読むと一日に一本以上飲むなと書いてある。翌日不眠で試験に臨み、初日の一時間目の数2で残り30分というところで1ページ飛ばしてしまっていたのに気付くという失態。瞬間絶望したが、人間局面では意外と腹が括れるものである。

入試中に他校の受験生がトイレで亡くなったという知らせ。どうやら持病があったらしい。一瞬それがさざ波となって生徒の間を駆け抜けていったが、すぐにみな目の前の試験に目を向け、その話は二度と立ち上がらなかった。

私は真冬に大学の小さな遮断された空間で、穏やかだったであるはずがない孤独な果ての光景のビジョンが、頭にこびりついてしまった。以来、凍るような寒さを感じた時に、その光景を思い出す。冷たさという感覚の中に、そのビジョンは閉じ込められ、今も氷漬けされたように色褪せることなく私の中にある。

3日間のセンター試験は終わり、熱が下がらないままの私は保健室で採点。二度採点確認したが全く合わなかった。諦めて熱でぼんやりしながら、やはりあの光景を思い出していた。どうしようもなく不快で逃れたくて堪らない熱さと、どうしようもなく哀しい冷たい光景と。同情などの感情移入は全く無く、ただただその対比を見つめていた。

そういうわけで、センター試験は私にとって忘れ難い思い出だ。結果的に試験の惨敗と、何故か自信満々に、実技の人物クロッキーで全身を描かずに上半身肖像画を描いてしまうというあり得ぬミスにより、志望していた国立大は全て落ちた。

しかし、その後私は滑り止めの大学で人生を大きく転換させる人との出会いがあり、今東京に居て、こんな日記をつけていることになるのだから、人生って本当に摩訶不思議なものである。

東京に来て10年。そろそろ、また自分の環境や居場所について考え始めている。

2016.12.28

大分から帰って仕事が落ち着いたので友人らと会ったりダーニング(つい最近友人に教えてもらった靴下などの穴の補修)をしたり大掃除をしたり。

今年は風邪をひくこともなく健康であった。しかし先週はずっと外食が続いたため、胃腸の具合がよろしくない。私は基本的に粗食であるので、ご馳走に胃腸が慣れていない。消化活動は元来胃腸が弱めの私には負担が大きいのかもしれない。

クリスマスに友人宅で鍋。キリストにしか見えぬ風貌の友人が歌うクリスマスソングでプレゼント交換をする。私はピータンとカタツムリパックと別府の湯の花をプレゼントに。私は「読んでみたい文庫本」セットをもらった。「読んでよかった文庫本」セットでないことがいい。それくらいの遊びと適当さがよい。

 

過去もらった手紙の話になり、私が取っておかないことについてみんなが割とひいていて、そのことにびびる。その場で捨てたりはしないのだけれども、きちんと読んで短期間保管後に捨てる。3枚だけ残してあるが。私は手紙のやりとりをする方だと思う。自分の手紙はなるべくすぐに捨てて欲しい。残されると思うと、色々余計なことを考えてしまう。

つい数日前にも親から子供時分にもらった手紙の束が送られて来たので、全部丁寧に目を通した後に捨てた。

不思議なことに子供であった私は、手紙の便せんの柄だとかイラストだとか、多分気に入ったのであろう部分を全て切り取っている。文章よりも柄の方に興味を持ち、無遠慮に切り刻んでいる自分の感性を見て、ちょっと考え込んだ。しかも好きだった男の子からの手紙だけがない。気に入った切り抜きと好きな男の子からの手紙を私はどうしたのだろう。

昔引っ越しの際に小さな木箱が出て来て、その中にはゴミのようなものばかり入っていて、あろうことか毛髪まで入っていて、あまりの不気味さにこれは何だろうと暫く思索。突如思い出したのであるが、それらは高校時代に恋い焦がれていた人が「触れたもの」ボックスであった。自分のことであるにもかかわらず、薄ら寒い。

割と男女ともに交友関係が広く、明るめの学生生活を送っていたのだけれども、密やかに自分の一部分をタブーとして封印事のように扱かうことがあったことを思い出す。かわいらしい宝物箱などではなく古い木箱というところがさらに不気味であった。小学校3年生くらいの時も、虫や生き物の死体に出くわした日には学校に行かないというルールを設けていたこともある。子供時分というのは、きっと誰しもがこういうわけのわからぬような部分があったと思う。

お腹が空いたので日記を終える。

2016.12.13

師走に入り、ようやく冬らしくなってきた。

私の家は古い一軒家であるため、隙間風などがあり寒い。暖房も寝室にしかないので、居間に簡易的炬燵を作ってみた。ほほー、なかなか暖かいではないか。などと安堵に浸っていたのだけれども、問題が生じた。簡易的炬燵であるため、かなり狭い。私一人入れば満杯である。家には飼い猫が二匹居る。当然彼らも寒い。不満が募っていたところに炬燵という天国が出現。猫らも直ぐさま炬燵真っしぐらである。そして前述した通り、炬燵は私一人で満杯の状態。

自ずと24時間家に居る猫らに炬燵を占拠されてしまった。「ちょっと詰めてもらえませんかねー」などと言って炬燵を開ければ、シャーッと言われる始末である。私は結局凍えながら居間にいることに。何たることか。腹立たしくもあるが諦め、炬燵の電源を切り外出。

帰宅していつも迎えに出る猫らが全く出て来ないので炬燵を覗くと、二匹の飼い猫が身を寄せ合って私を光る目で睨みつけている。どうやら炬燵の電源を切った私に激怒している模様である。ええ〜と声を漏らす私を許す気配も無い。

以来、24時間炬燵の電源を入れているため、電気代だけが嵩むはめに。以前はあった、身を寄せ合って、寒いね、などというコミュニケーションも無くなり、猫どもは始終炬燵で過ごし私になど目もくれない。こうなると最早炬燵が憎い。が、炬燵をやめた時の猫どもの怒りの方がもっと怖い。

こうして、セーターを1枚買い、寒さに耐える日々である。今月は割とゆとりがあったはずだけれども、多分電気代とセーター代で相殺されるであろう。
そんな風にして、私の地味な生活も2016年の終わりに向かってゆく。

2017年も猫ともども、無事でありますように。

2016.11.26

かなり久しぶりの日記である。

私は日記を完了するのにとても時間がかかる。下手すると2日間くらいかかってしまう時がある。最も言いたいことが、意外と結果的にくだらない内容になってしまったりしているので、削除したり簡潔にしたりすることが多い。という言い訳から始まる日記というのも無様であるけれども、まあよい。

 夏以来の日記であるけれども、その間に色々なことがあった。その中でも最も大きな出来事といえば妹の出産である。偶然であるが私も出産の現場に。妹の出産はとても危ういものであった。私と妹の夫は深夜真っ暗で人気のないホールで、呆然としながらも緊密で集中した祈りを一瞬たりとも絶やさなかったように思う。そしてそういうことは、案外物事を左右しうる気がする。

先週福島でまた大きな地震。東京は震度3。大きく揺れ始めたら、私の上で寝ていた猫らが散り散りに逃走。やはり私に頼るつもりなど一切無いらしい。収まった後にさらりと戻ってきた。言い訳じみた何かしらの反応を期待したが、そんなものは無いという風に私の上で丸まる。猫に期待は禁物である。

友人が暫く我が家に滞在。彼女は今とても大きな岐路にいる。私は少し前に、その岐路を穏やかに丸く収めるべく彼女のとある場面に参加したのだけれども、今となっては穏やかに丸く収めるなどということは少しも重要ではなく、破壊的な中から本音に伴った活路を見出すべきであったと反省。器量以上のことはするべきでない。

一昨日福岡経由で大分へ。11月中は54年ぶりだという東京大雪の日。昨夜は近所の鷲神社に酉の市へ行き、甘酒を飲みながら冬だねと喋っていたものだけれども、この雪で極め付けに。

最近ひとつの答えが出る。

私が常々自分の長所だと思っていたものが、実は短所である場合があるということ。そしてその場合というのが、今は大部分であること。短所が長所になりうる可能性をここ1年ほど探っていたのだけれども、まさか逆とは思わなかった。

昨夜馴染みの温泉に。出たら座敷で羽生結弦のショートプログラムが始まるところで、予め待っていたらしいおばあさんと母と3人で見る。始終ポイントでおばあさんが「最高〜‼︎」と興奮していたり、拍手したり。演技終了後に拍手が湧いたが、私は演技そのものよりもブラウン管を通した羽生くんに、頰を上気させて喜ぶおばあさんの在り様と、羽生くんの存在価値に感動して拍手したのだった。

顔を綻ばせたままおばあさんは脚を引きずって浴室に消えた。その引き摺る音と頰の赤さが何となく余韻に残った。

2016.8.24

夜明け前の海、シンゴジラ、満月、盆踊り、台風、実家から葡萄。8月の要略。

在宅で仕事したり作業したりだが、基本的にダラダラしていた。暑いからあまり外出していない。夏を味わえてない気がしていたが、ビールでほろ酔い後の盆踊りでそれは割と解消された。
今日は朝から健康診断と初マーモグラフィ。激痛だと聞いていたが、大したことはなかった。私は痛感覚に対処するのが、割と得意だと思う。リラックスしながら意識をそこから遠ざけるのがコツである。俯瞰的感覚のような。

背丈が5ミリ縮み、視力が回復。
夜は鎌中ひとみ監督の原子力最終講座へ。人は見たいものしか見ない。私も当然その一人だが、然しながらこのことは生命に関わる。私には、見たくないでは済まない。判断を迫られた時に決断するための知識を蓄えておくことは、文字通り運命を左右する。
昨日男友達が、1年半くらい思いを寄せられているが恋愛対象には絶対なり得ない女の子に対する気持ちが、2日前突然それが覆ったという話。その瞬間が彼にはわかったらしく、そしてそれはとても些細なことだった。
しかし外から見ていた私には、どうしても彼が彼女に好意を持っていないとは見えなかったし、他の人の場合もそういう現場は割と目撃するので、自分の本音に気付いてない人は、とても多いんだなと思った。

2016.7.26

先週、結婚間近な友人宿泊。

今週、地元の友人宿泊。初めて日光へ。

相性の話。

一般的に言われる相性とは、大体が共感度の高さや価値観の一致等のことのように思う。それらは環境や育ちや経験による後天的な要素が多いし、私はそのことを相性と呼ぶことに、ピンとこない。

私が見て相性がいい関係とは、素敵な可能性が広がりうる関係のことだ。そしてそれは、概して全く違う性質の二人な場合がよくある。合うように思われない二人が出会って惹きつけ合って関わること自体が摩訶不思議で、その引力のようなものを、私は相性と感じる。「うまいこと」、違うのだ。その「うまさ」が相性の要だと思う。だから簡単にはわからない。ゆえに、「相性がいい人」はいないが、今相性がいいなあと思う時はたまにある。それはお互い自然に居ながらも相手への思いやりが絶えずある時に、ミラクルが起きるからだ。ミラクルは相性がいい時のサインだと、私は認識している。相手への思いやりが途切れて自分の思いが一人歩きを始めると、それは一気に無くなる。つまるところ、相性がいいというのは、「相手と調和する努力を常にお互いがすることが出来る相手」だと思う。

だから簡単に相性がいいだの悪いだのという話を聞くと、怠けてんなあとか、甘えてんなぁと思ってしまう。

話は今日の出来事へ。朝から北千住の人気パンケーキに並ぶ。そんな女子的な事もたまにはいいではないか。結果、一度でよいという感想。

代官山の美容室へ。整髪後に餃子が食べたくなり、中華店に入るも、餃子だけを注文する勇気が無く、ラーメンも頼んだのだけれども、先に来たあまり美味しくないラーメンを食べて満腹になってしまい、餃子を食べられなくなるという馬鹿げた事態に。ミラクルどころか。

夜、地震。足立区は震度3。

地震が起きると、私はいつも飼い猫らを呼ぶのだけれども、飼い猫どもは必ず急いで私の側から散っていく。飼主の私に頼る気が全く無い。それはちょっと信頼関係に問題があるのではと考え込んだが、自立心は良い事であるし、私の懐に逃げ込んだとしても私の鈍な行動で全滅するのがオチである。結局のところ逃げて生き延びてくれさえすればよいので、飼い猫らの判断に納得しつつ就寝。